今現在、お墓に入っていない母のお骨、
私の気持ちの中で、母はどこにいるのかと言うと、骨壺の入っているお仏壇ではないんですよね。
実家の母の使っていた部屋のクローゼットなんです。
(スピリチュアルな感じではなくて、私の気持ちの上でということです。)
服、カバン、スカーフ、母の使っていたクローゼットには、まだ母の物がたくさん入ったままです。
葬儀の次の日に、下着や靴下や、もうこの先とっておいても、どうしようもない物は妹と一緒に泣きながら捨てました。
でも、捨てながら、妹と「今はやめよう、今はまだできない」と大泣きになってそのままです。
母の匂いがするから、そこにいる気がする。
匂いのする物はまだ捨てられない。
実家に帰った時には、まず、母のクローゼットに顔を突っ込んで「ただいま」って、しばらく泣いていました。
でも、母がいなくなってから3年目の夏、実家に帰った時、母の匂いが消えてしまっていることに気が付きました。
ホコリっぽい、ただの物の匂いになって、ああ、母はこの家にいなくなってしまったんだと思いました。
きっとこの先、父も妹も、私も、これ以上、あの部屋を片付けることはできない。
父一人の生活で家全体がどんどんゴミ屋敷になっていく。
父が実家を手放すと決断する時まで、きっとあの部屋はあのままなんだと思っています。
お母さん、どっかで溜息ついてるんだろうな~。
次回「手元供養という選択」です。
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