【終活】父と蛍を見に
- 2 日前
- 読了時間: 2分
2025年の夏、父が札幌の高齢者施設に入居して、一年経とうとしていました。
引越し前後の父のことをもう少し書こうと思っているのですが、なかなか。
7月、そうだ、父と蛍を見に行こうと思い立ちました。
大の蛍好きな父、喜ぶだろうなと。
札幌近郊で蛍を見られる場所は何ヶ所かあり、施設での夕食後の父を車で迎えに行って、私の娘と夫も一緒に、郊外の公園に行きました。
駐車場のすぐ脇の水辺に生息してるらしい。ちゃっと行って、ちゃっと見て帰ろうなんて思っていたら、夜の7時前頃、蛍祭りと名のついた期間限定のイベントには人が行列になり、警備員も動員されていて神社の縁日みたい、そっと蛍を見になんて雰囲気ではありませんでした。
足がおぼつかない父は、暗がりをゆっくりゆっくり進み、たった300mでも背中で息をするほど遊歩道はとても長く感じられました。後ろに並んでいる人が遅いと言わんばかりに抜かして行く、私はどうしようもできないのに「お父さん、大丈夫?」と声をかけ、「結構遠いんだねぇ」と父。
やっとの思いで蛍観察スポットたどり着きました。やれやれ。
木と草に囲まれた暗がりの中、遠く、遠くにかすかな黄緑色の小さな光がちらほら。
「見えた?見えたねぇ。今、いたねぇ。」
と孫娘を呼ぶ父の顔は暗くてよく見えなかったけれど嬉しそうでした。
良かった、父にまた蛍を見せる事ができた。
娘にも蛍を見せることができた。
さあ、ここから来た道を戻らなくては。

お父さん、歳とったな。
いつまで歩けるのか、来年はこの距離はもう無理かもと、夫も娘もきっと感じたのではないかと思います。
人ごみの中、私は父の手を引こうかと思ったのに躊躇し、父の腕をポロシャツの上から掴みました。ポロシャツの網目から蒸気を感じる、札幌にやって来た時に私が買ってあげた服だ。
私は、父の手を握れませんでした。
手のひらに触れたら、何か、
考えなくて良いことを考えてしまうのではないか、
伝わらなくて良いことが伝わってしまうのではないか、
許さなくて良いことを許さなくてはいけなくなるのではないか。
いいんだ、この蛍を見に来たことは、私のエゴなんだ。
孫娘と蛍を一緒に見れて良かったじゃない、お父さん。
小学生の頃の、家族で見に行ったあの蛍色の思い出は、45歳の私がエゴ色に上塗りしてしまいました。
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